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大阪地方裁判所 昭和50年(行ウ)58号 判決

原告

水野武昭

訴訟代理人

藤井光男

被告

阿倍野税務署長

三好寅正

指定代理人

上原健嗣

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一当事者間に争いがない事実

請求原因(一)ないし(三)、(六)の各事実は当事者間に争いがない。

二株式売買取引による所得の所得税上の所得の種類について

(一)  原告は、株式売買取引による所得が所得税法上事業所得に該当すると主張するので判断する。

(二)  前項の争いがない事実、〈証拠〉を総合すると次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告は、昭和四二年ころから昭和五〇年まで売買差益を得る目的で株式売買取引をした。

原告のした株式売買取引の内容は、昭和四三年までは現物取引の占める割合は小さく全体の取引回数も少なかつたが、昭和四四年からは全体の取引回数が増えその中の信用取引の占める割合も増加した。

昭和四七年中の株式売買取引回数、株数、差益は、別表第二に記載のとおりである。

(2)  原告は、株式売買取引によつて、昭和四三、四四、四六、四七年には利益を挙げたが、昭和四五、四八、四九年には損失を受けた。

(3)  原告は、株式売買取引のために必要な資金はすべて自己資金でまかない、他から借入れをすることはなかつた。

(4)  原告は、株式売買取引に必要な情報を市販の新聞、雑誌及び証券会社社員から入手し、それを基に罫線を引くなどして株価の動向を調査検討したうえで売買した。

(5)  原告は、株式売買取引のための従業員や事務所を持つておらず、自宅の一部を仕切つた場所に机と電話とを置き、そこで新聞等を読んで株価の調査検討をしていたにすぎなかつた。

(6)  原告は、昭和三〇年から三一年にかけて一八、九歳のころに一年半ほどの間証券会社に勤務したことがあつた。

(7)  原告は、昭和三九年から新聞販売業を営み、これにより安定した収入を得て生計をたてていた。

(8)  この新聞販売業は原告が全体を総括し、企画、経理を担当し、その妻が原告を手伝い、またこの営業のために十数名の従業員(アルバイトを含む)を雇傭していた。

(9)  原告は、株式売買取引を事業として開始する旨の所得税法二二九条の届出をしなかつた。

原告は、昭和四四年一一月二八日、事業所得について青色申告承認申請をしたが、同年中には株式売買取引によつて、新聞販売によるよりも多い所得を得ていながら、右申請書に職業 新聞販売 屋号 水野新聞舗と記載しただけで、株式売買取引を業としている旨の記載をしなかつた。

原告は、少なくとも昭和四七年分までは、株式売買による所得又は損失を事業所得として確定申告をしたことはなかつた。

(三)  右認定事実に基づいて判断する。

(1)  差益を目的とする株式売買取引は、本来投機性が強く安定した利益を得ることは難しいものであるから、相当な知識、経験のある者を除いて、これを事業として行うことは困難である。ところで、原告は、新聞販売業に従事しこれにより安定した収入を得ていたものであつて、株式売買取引に相当な知識、経験があつたものというわけにはいかない。

(2)  原告の株式売買取引の回数、株数は前記認定の程度であり、原告はこの取引をするため自己の資金、電話、机等を利用したにすぎず、株式売買取引を事業として開始する旨の法定の届出もしていないし、それによる所得を事業所得としても確定申告をしていない。

(3)  以上のことからして、原告の昭和四三年ないし四七年分の株式売買取引による所得は、所得税法上は事業所得ではなく、雑所得であるとするほかはない。

そうすると、原告の昭和四五年の株式売買取引による損失は、事業所得の計算上生じたものではなく、雑所得の計算上生じたものといわなければならない。

三純損失の繰越控除の実体的要件について

純損失の繰越控除は、その損失が青色申告承認を受けることのできる種類の所得の計算上生じたものでなければ許されないと解するのが相当である。

ところで、原告の株式売買取引によつて生じた損失が、事業所得の計算上生じたものではなく、雑所得の計算上生じたものであることは前に説示したとおりである。

そうすると、この雑所得の計算上生じた損失は、青色申告承認を受けることのできる種類の所得の計算上生じたものに該当しないから、原告が、昭和四六年の株式売買取引によつて生じた損失を昭和四六年分、昭和四七年分の各総所得金額の計算上控除することは許されない。

原告の純損失の繰越控除の主張は、この点で理由がない。

四純損失の繰越控除の手続的要件について

原告は、昭和四五年の損失の申告をしなかつたのは、昭和四五年分の所得税申告に際し、税務署員から株式売買取引による所得については申告の必要がない旨の行政指導を受けたからであると主張するので判断する。

本件に顕れた証拠を仔細に検討しても、原告が被告の税務署員に対し昭和四五年中の株式売買の回数、株数等を具体的に説明し、それに対し、その税務署員が原告に株式売買取引による所得がどのような場合でも非課税であると説明したことが認められる的確な証拠がない。

そのうえ、一般個人の株式売買取引による所得は、例外的なものを除いては非課税とされている(所得税法九条一項一一号、同法施行令二六条)のであるから、仮に税務署員が原告に対し確定申告に際し、株式売買取引による所得は非課税であるとの説明をしたことがあつたとしても、このことによつて、被告が純損失の繰越控除を認めずに更正処分をしたことが信義則に反したり、違法になる理はない。

そうして、原告は、昭和四五年分の株式売買取引による損失を繰越すべき純損失として申告しなかつたことを自認しているのであるから、この手続を経ていない以上、原告は、昭和四六年分、昭和四七年分の各総所得金額の計算上右損失を控除するべきことを主張することができないことは多言を必要としない(所得税法七〇条一、四号、一二三条参照)。

したがつて、原告のこの主張は理由がない。

五結論

以上の次第で、原告の純損失の繰越控除の主張は理由がなく、本件処分(異議決定により一部取り消された後のもの)は適法である。そこで、原告の本件請求を棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。

(古崎慶長 井関正裕 西尾進)

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